iPS細胞を使った心臓病治療とは
心不全とはどんな病気か
心不全(しんふぜん)は、心臓の「血液を押し出す力(ポンプ機能)」が弱くなって、からだに必要な血液が回りにくくなる状態です。
その結果、次のような症状が出やすくなります。
- 少し歩くだけで息切れする
- 足がむくむ
- だるい、疲れやすい
- 夜に横になると息苦しい
心不全の原因は一つではありません。心筋梗塞(しんきんこうそく)の後遺症、心筋症(しんきんしょう)、高血圧、弁膜症(べんまくしょう)など、いろいろな病気が関係します。
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これまでの主な治療と限界
心不全の治療は、まず薬やカテーテル治療などで心臓の負担を減らし、症状を軽くすることが中心です。たとえば次のような治療があります。
- 薬物療法(利尿薬、血圧を整える薬など)
- カテーテル治療やバイパス手術(血流を良くする)
- ペースメーカーや植込み型除細動器(不整脈対策)
- 重症の場合は補助人工心臓や心臓移植
ただし、重症になってくると「これ以上できる治療が限られてくる」ケースもあり、新しい治療の開発が求められてきました。
iPS細胞とは何か
iPS細胞(アイピーエスさいぼう)は、皮ふや血液などの細胞から作れる「いろいろな細胞に変化できる細胞(万能細胞)」です。
iPS細胞からは、心臓の筋肉(心筋)や神経など、さまざまな細胞を作る研究が進んでいます。
今回の心臓治療のねらい
今回のテーマは、iPS細胞から作った心筋細胞を使って、弱った心臓の働きを少しでも取り戻すことを目指す再生医療です。
ここで紹介する治療は、薬の代わりに「新しい心臓を作る」治療ではありません。弱った心臓を支える・助けることをねらいにしています。
iPS細胞由来心筋シート治療のしくみ
心筋シートとは何か
心筋シートは、iPS細胞から作った心筋細胞を、うすいシート状に加工したものです。
手術で、弱っている心臓の表面に数枚貼り付けるイメージで使われます。
どうして効くと考えられているか
心筋シートの細胞は、心臓の周りでさまざまな物質を出すと考えられています。これが、次のような働きにつながる可能性があります。
- 心臓の血管を増やす(血流を良くする方向に働く)
- 残っている心筋が働きやすい環境を整える
「シートがそのまま強い心臓に置き換わる」というより、心臓が少しでも動きやすい環境を作ることが主なねらいだと説明されることが多いです。
治療の流れ(イメージ)
- 検査・診断(心臓の状態や全身の状態を詳しく調べる)
- 適応の検討(この治療が向くかどうかを専門チームが判断)
- 手術で心臓の表面に心筋シートを貼り付ける
- 術後の集中管理と経過観察(不整脈や感染なども含めてチェック)
再生医療は専門性が高いため、治療は限られた専門施設で行われ、実施までに紹介状などが必要になることがあります。
どのような患者さんが対象になるのか
対象となりやすい状態
主に、虚血性心筋症(きょけつせいしんきんしょう:心筋梗塞などで心臓の筋肉が傷んだ状態)などによる重症心不全で、薬やカテーテル治療などの標準治療を行っても改善が十分でない方が対象として検討されます。
誰でも受けられるわけではない
この治療は「新しい治療」ほど、対象が慎重に選ばれます。たとえば次のような点を総合的に見て判断されます。
- 年齢
- 心臓の働きの程度(例:心エコーの結果など)
- 腎臓・肝臓など、ほかの臓器の状態
- 感染症の有無
- がん治療中など、免疫に関わる問題がないか
つまり、すべての心不全の患者さんが受けられる治療ではありません。
移植する細胞と免疫の話
心筋シートは、患者さん本人の細胞ではなく、別の人のiPS細胞から作った細胞(他家iPS細胞)を使う形が検討されています。
その場合、体が「異物」とみなして攻撃してしまう拒絶反応を抑えるために、移植後に免疫抑制薬が必要になる可能性があります。
期待される効果とメリット
症状の改善が期待される
うまくいけば、次のような変化が期待されます。
- 息切れや疲れやすさが少し軽くなる
- 日常生活で動ける範囲が広がる
- 心臓の働き(検査の数値)が少し改善する可能性がある
ただし、効果の出方には個人差があり、すべての人で同じように改善するとは限りません。
既存治療との違い
薬は「心臓の負担を減らす」、心臓移植は「心臓を取り換える」治療です。
一方、iPS心筋シートは「弱った心臓を補強・サポートする」位置づけで、考え方が少し違います。
長期効果はこれからのデータが重要
一度の治療で長く効果が続く可能性も期待されていますが、観察期間には限りがあります。
「どのくらい持続するか」「どのタイプの患者さんに効果が出やすいか」は、これから症例が増えることで、よりはっきりしていく段階です。
リスク・注意点
手術に伴う一般的なリスク
心筋シートを貼る治療は、胸を開ける、または小さく開けるなどの心臓手術を伴う可能性があります。
そのため、一般的に次のようなリスクがあります。
- 出血
- 感染
- 麻酔に伴う合併症
- 不整脈(脈が乱れる)
細胞移植に特有の注意点
再生医療では、移植した細胞が予想外に増えすぎるなど、理論的に心配される点があります。
その危険を減らすために、作る段階での品質管理や安全性チェックが厳しく行われますが、長期の安全性は今後も確認が必要です。
また、不整脈が出る可能性も指摘されることがあり、術後は心電図モニターなどで慎重に観察されます。
免疫抑制薬の副作用
免疫抑制薬が使われる場合、体の防御力が下がるため、次のような点に注意が必要です。
- 感染症にかかりやすくなる
- 腎臓などに負担が出る可能性がある
薬が必要かどうか、どのくらい使うかは、患者さんの状態と治療計画で変わります。
「条件・期限付き」の意味
iPS心筋シートのような再生医療は、まず限られたデータで効果が期待できると判断された場合に、条件・期限付きで承認される仕組みがあります。
これは「承認されたら終わり」ではなく、承認後も症例を集めて、一定期間の中で安全性と有効性を再評価する考え方です。
自由診療の宣伝と混同しない
世の中には「再生医療」をうたう自由診療もありますが、公的な審査やルールのもとで進められている治療かどうかは大切なポイントです。
強い宣伝文句だけで判断せず、主治医や公的機関の情報をもとに落ち着いて検討しましょう。
他の新しい心臓再生医療との違い
心筋球(スフェロイド)を用いる治療
iPS細胞から作った心筋細胞を、シートではなく「小さなかたまり(心筋球/スフェロイド)」として心臓に注射する研究も進んでいます。
ただし、こちらは一般の治療として広く受けられる段階ではなく、臨床研究や治験として慎重に検証されている段階です。
自分の細胞を使う「細胞シート」との違い
過去には、iPS細胞ではなく自分の筋肉細胞(骨格筋)を使った細胞シートが条件付きで承認された例もあります。
iPS心筋シートは「他人のiPS細胞から作った心筋細胞」を使う点が大きく違い、免疫の問題や製造の考え方も異なります。
再生医療は承認後も再評価が行われるため、制度や扱いが変わる可能性があることも知っておくと安心です。
治療を検討するときのポイント
まずは現在の主治医に相談
最初の一歩は、今かかっている病院の主治医(循環器内科など)に相談して、
- 心不全がどの程度進んでいるのか
- 今できる標準治療は何か
- 再生医療が選択肢になりそうか
を整理してもらうことです。
情報源の選び方
インターネットやSNSの体験談は参考になることもありますが、内容が偏っていたり、条件が違ったりすることがあります。
できるだけ次のような情報を優先しましょう。
- 厚生労働省やPMDAなどの公的機関
- 大学病院や専門学会の情報
- 治験・承認に関する公式発表
費用と保険適用
再生医療は、承認の状況、価格、保険適用の範囲などが、時期や制度の変更で変わる可能性があります。
費用面はとても大事なので、必ず最新の公的情報を確認し、医療機関でも説明を受けましょう。
今後の展望
iPS細胞を使った心臓の再生医療は、まだ始まったばかりの分野です。
これから症例が増えることで、「どのような患者さんに、どの程度の効果が出やすいか」「安全性は長期的にどうか」が、よりはっきりしていく見込みです。
心不全だけでなく、心筋梗塞の後遺症や別の心臓病への応用研究も進んでいますが、実用化には時間がかかることもあります。
希望を持ちながらも、過度に期待しすぎず、あわてた決断を避けて、落ち着いて情報を集めることが大切です。
このページを読む方へのメッセージ(注意書き)
ここで紹介した内容は、iPS細胞や心不全治療に関する公表された情報をもとにした一般向けの解説です。
実際の治療方針は、病状・年齢・ほかの病気などによって大きく変わります。必ず担当の医師とよく相談して決めてください。
再生医療のルールや保険適用範囲は変わる可能性があります。できるだけ新しい公的情報を確認してください。
参考文献・参考サイト
- TBS NEWS DIG:iPS細胞由来の心筋細胞シート「リハート」条件・期限付き承認を了承(2026年2月19日)
- クオリプス株式会社:ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートに関する部会議題掲載のお知らせ(PDF, 2026年2月13日)
- PMDA:再生医療等製品の審査情報(一覧・公表資料)
- 慶應義塾大学病院:iPS細胞由来心筋細胞を用いた臨床研究(心筋球などの研究紹介PDF)
- 厚生労働省:再生医療等製品に関する制度・情報(公的情報の入口)
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